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【10.05.09】党訪米団、米国務省のメア日本部長らと会談

普天間基地の無条件撤去を伝える

 
 日本共産党の訪米団は7日、米国務省内でケビン・メア同省日本部長、多国間核安全部ジョナサン・サンボア氏と会談し、核兵器問題と日米関係についての日本共産党の立場を、米国政府に伝えました。

<核兵器問題>
 志位氏は、ニューヨーク滞在中に、核不拡散条約(NPT)再検討会議に出席するとともに、会議主催者、国連関係者、各国政府代表団と会談し、再検討会議が「核兵器のない世界」にむけた成果を収めるよう、要請と会談をおこなってきたとのべ、日本共産党の立場を記した要請文を手渡しました。

 志位氏は、核兵器問題では、この間、国際政治で大きな前向きの変化が起こったと指摘。その重要な契機となったプラハでのオバマ大統領の演説(昨年4月)に、志位氏が歓迎の書簡を送り、大統領側から返書がきたことに言及。オバマ氏が議長を務めて採択された「核兵器のない世界のための条件を築くことを決意」すると明記した国連安保理決議(昨年9月)や、核保有国の責任とさらなる誓約について語ったクリントン米国務長官のNPT再検討会議での演説にも触れ、「立場の違いはあるが、『核兵器のない世界』を目指す点では、大局的には協力が可能だと考えている」と述べました。

 米側は、アプローチは異なるが、「核兵器のない世界」を目指す点では共通していると述べました。

<日米関係>
 日米関係について志位氏は、「普天間基地を返還する代わりに、別の場所に『移設』するという方針は完全に破たんした」と指摘。志位氏自身も参加して開かれた4月25日の沖縄県民大会には、県知事、県内41市町村長すべてが参加し、9万人が集って「普天間基地撤去、県内移設反対」の「島ぐるみの総意」が示されたとして、「この沖縄県民の総意は揺るがない」と強調しました。

 また、鳩山由紀夫首相が4日に沖縄を訪問し、「県内移設」という政府方針を伝えたが、「これは怒りの火に油を注ぎ、沖縄県民の島ぐるみの団結をいっそう強固なものとする結果となった」と指摘。「私は、4月21日、ルース駐日大使との会談で、『沖縄の情勢は決して後戻りすることはない限界点をこえている』と述べたが、それはいよいよ決定的なものとなっている。『県内移設』という方針は、県民の理解を得ることが絶対に不可能な、展望のない方針だ」と述べました。

 「移設先」に名前があがった鹿児島県・徳之島でも島民の6割が参加して1万5千人規模の空前の反対集会が開かれ、三つの自治体の首長がそろって基地を拒否する姿勢をつらぬいていることをあげ、「もはや沖縄県内はもとより、日本国内のどこにも、『地元合意』が得られる場所はない。普天間問題解決の唯一の道は、移設条件なしの撤去しかない。これが私たちの主張だということを伝える」と述べました。

 米側は、日米安保条約にもとづく米軍の存在は日本防衛と極東の平和と安定に貢献している、海兵隊の存在は抑止力として重要との立場を述べました。

 志位氏は、「『抑止力』というが、沖縄の海兵隊の展開先はイラク、アフガニスタンではないか」と述べるとともに、「県内移設を押し付けるなら、沖縄のすべての基地撤去を求めることになる」とした宜野湾市長の県民大会での発言を伝え、「無条件撤去しか道はない」と重ねて強調しました。

 米側は、沖縄の負担軽減のためには、06年に日米政府が合意した「現行案」が良いとの立場を示しました。

 志位氏は、「県民の怒りの根源には、凄惨(せいさん)な地上戦を体験し、占領時に土地を強奪されたうえ、65年にわたる基地の重圧のもとで、痛ましい事故や事件が繰り返された歴史的な痛みの蓄積がある」と強調。かつての沖縄の本土復帰は、沖縄と本土の運動をふまえ、サンフランシスコ条約第3条の壁を越えての決断だったと指摘。返還にいたる過程で米国側も「後戻りできない点」に至っていることを認識して、返還の決断にいたった過程も指摘しながら、「私たちは、いままさに同じような決断が求められる歴史的岐路に日米関係は立ち至っていると考える」と述べました。

 志位氏が、「私は、米国の独立革命、民主主義の歴史的伝統に深い尊敬を持っている。日米両国・両国民の本当の友好の発展を強く願っている。今日の発言もその立場からのものだ」とのべ、同日、「リンカーン記念館」に足を運んだことを述べると、米側は謝意を表しました。

 米側は、「見解がちがっても意見交換をするのは有益であり、民主主義の基本です。これからもできるだけやりたい」と語りました。志位氏も「その点は同意する。今後も意見交換を続けよう」と述べました。

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